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中年よ、大志を抱け!

中年よ、大志を抱け!

81歳、現役バリバリのおじーちゃん


毎日なんだかいろいろとあって、ぜんぜん更新できずにいました。すみません。その間に誕生日とやらを迎えてしまって、42歳になってたりして・・・まあ、ほんとに今頃は年をとってもちっともうれしくないぜ、全く、なんて思っていたんですが、こないだお会いした81歳のおじいさんの話を聞いて、全く自分が間違ってると思い知らされました。

ええと、今日は前回の続きで脳死からの臓器移植について書こうと思ったんですが、今日はそのおじいさんのお話を書きます。というわけで、今日は久々に「大志を抱く人々」シリーズのひとつです。

以前から「これはただもんじゃないな」と僕が思っていたおじいさんがいます。

彼はSさん。静岡県は焼津の、網本の家に生まれ、漁業関係の仕事をしていましたが、うまく行かなくなって父親とともに30歳代でブラジルに来ました。最初は農業、次は農産物を主に扱う八百屋を経営。だんだんと扱う品物を増やしてスーパーマーケットを3店舗経営するようになったんですが、25年前に失敗、大きな借金を抱えてしまいました。

そこで、56歳にして日本に出稼ぎに行ったわけです。

しばらくある会社の掃除なんかをしていたんですが、見るからに武士みたいというか、すごく立派そうな(って、ほんとに立派なんですけど)雰囲気をお持ちになっておられるので、まもなくそこの社長に見込まれ、やがて社長の相談役に抜擢されたわけです。

こうして6年前まで、(ということは75歳までということなんですが!)その会社で主に人事を担当する仕事をするようになりました。

そうしたところが、奥さんの病気をきっかけにブラジルに戻ってくることになったわけです。

僕がそのおじいさんにお会いしたのは、その頃でした。

いつもお世話になってる知り合いの方のお父さんだったので、その知り合いのうちに行ったときに知り合ったわけです。

そのときのことはすごく印象に残っています。とにかく、見た雰囲気が普通の人とは感じが違うんです。とっても人当たりがいいと同時に、しゃんとしていてまさしく何かわからないですけど「達人」と言う雰囲気でしたし、少し話をしただけでしたが、その見識といいますか、にじみ出てくるものがすごいなぁと思わせられるものでした。

で、彼はなにやらパソコンをぱちぱちしていたわけです。

「へぇ、失礼ですけど、パソコンなんて使われるんですね」と聞くと、「はい、うまくはないんですけど、おととしからパソコンを始めました。・・・」なんて言いながら、バチバチバチバチ手が動いてるわけです。

何してるんだろうと画面を見ていると、なにやらわけのわからん画面・・・株の動向を見たり、売買をやっていたわけです。

「株ですか?」と聞くと、「はい、まぁ、手なぐさみで。新聞よりも情報が早いですから・・・」なんて言う訳です。

それが、まあまあ儲かってるらしくて、「へぇ~」っと感心したわけです。

その後まもなくして奥様は亡くなりました。その時に僕はちょっとご葬儀のお手伝いをしたわけです。

それで前よりも親しい感じになって、お孫さんの誕生日会に誘ってもらったりしているうちに、ある日、事務所を設立したので遊びにおいで、と言われたわけです。

もう75歳を過ぎてたので驚いて、「何の仕事されるんですか?」と聞くと、「日本に出稼ぎに行ったブラジル人達のんほとんどは、給料から差し引かれていて、あとからもらえるはずの還付金をもらえることを知らないので、それをもらう代行をする会社を作ったんです」というわけです。

そういうことに気づくのもすごいんですが、それを実現させるために自ら厚生労働省や関連役場、出稼ぎ先の会社などに何度も何度も足を運んだり電話をしたりしたそうで、そのバイタリティーに感服したわけです。

で、その仕事がまた大当たりで、なんといっても人によっては100万円以上のお金が戻ってくる(平均で10万円から20万円だそうです)のでお客さんには感謝されるし、そのおじいちゃんも、彼の元に集まってる職員達もその仕事に誇りを持ってやってるしで、今では事務所も大きくなって仕事も順調に進んでいるわけです。

そして先日、久しぶりにお会いしたわけです。事務所が大きくなったので移転したと言うことで、その引越しパーティーでした。パーティーではなぜか彼の隣に座れといわれて座ったわけです。

「いやぁ、おめでとうございました。」と言うと、「うん、この仕事は子供達に任せようと思ってるんだ」と言うわけです。

「そうですか、もうお仕事の方はお子さん達にお任せになって、隠居されるんですね」と言うと、「いやいや、ハハ、別の仕事をしようと思って、今度日本に行くんです。今度はもうこちらには戻ってこないかもしれません。今日は、ですからお別れ会と言うことで・・・」と言うわけです。

「ええ?別の仕事を?今の仕事とは全く関係ない仕事なんですか?」と聞くと、「はい、今の仕事とは違う仕事です」と言うわけです。

「何のお仕事ですか?」と聞くと、「実はまだそれが本当にできるかどうかわからないので、それを調べに行くんです。僕は十中八九できると思っていますが、きちんと向こうに行って調べてみないとはっきり言えないんです。それで、今はまだはっきりとは言えませんが、決まりましたらお伝えします。断言児さんも今年日本に帰国されるんでしょう?お世話になりましたから、是非寄ってください」と、日本での住所を下さったわけです。

「なんとまぁ、お元気なことですね」と言うと、「僕はね、おととしあたり、やっと勉強を卒業してまあまあ一人前になったかもしれない、って思うようになったんです。これから少しは社会に貢献できる仕事ができそうかもしれない、って。これから一人前に社会の荒波に漕ぎ出していくって言う気持ちなんです」と、なんて言うんでしょう、きをてらったり冗談だったりする言い方じゃなくって、淡々とそうおっしゃるわけです。

僕は「昨日で42歳になりました。」と言うと、「僕はね、年をとればとるほど人生が楽しくなってきてるんです。42歳ですか、ほんとにお若い。益々元気でおやり下さい。」なんて言うわけです。

「多くの人たちが70を越えると年寄りくさくなってしまいますが、Sさんは何でそんなにお元気なんですか?何か健康とかに気をつけていらっしゃるんですか?」と聞くと、「さぁ・・・特に気をつけていることはないんですが、ただ、面白いことがたくさんあるので、あっちこっちに首を突っ込んじゃうんです。時間が足らなくって足らなくって・・・でも、150歳くらいまでは生きてみたいとは思っています」なんてやっぱり淡々として言うわけです。

「ご病気は?」と言うと、「おかげさまでありません。風邪も、40歳の時にひかないことにしてからは全くひいてません。」と言うわけです。

「僕はね、笑われるかもしれないけれども、『波動』ってのがあるでしょう?なんかいんちきっぽいって言う人もいるけど、ああいうの、馬鹿にはできないんですよ。例えば、樹齢何百年といった大きな木があるでしょう?前に日本にいた時に、旅行先でそういう木を見たり、こっちでも、アマゾンなんかに行くとそういう木があるけど、そういう木を抱いて耳をつけ、木の鼓動を聞いたりゆっくり呼吸をしながら木の波動に自分を合わせようとすると、活力が生まれてくるのがわかるんです。貴方もだまされたと思ってやって御覧なさい。それに、僕は神仏を信じてるんですが、神社やお寺や、教会に行ったときには、僕は神仏に自分を幸せにして欲しいとか、そういう、まあ、なんていうかな、都合のいいお願いはしないんです。ただ、生ある限り少しでもこの世のために働かせてくださいといつも願うんです。」

と、やはり淡々とおっしゃるわけです。

「最愛の家内をなくしたときには、それはやっぱり悲しかったけど、ああいう二度と会えないほどの素敵な女性にめぐり合えたことを、そしてその女性と共に何年か一緒に暮らすことができたことを本当に感謝してます。お陰さまでいい家族にも恵まれましたし、いい友人達にも恵まれました。ほかにも今までいろんなことがありましたが、今思えば、僕の人生はほんとに面白いな、って思うんです。今は、これから一人で社会の荒波に漕ぎ出して行こうと思って、武者震いをする気持ちです。」と言うわけです。

パーティーの最中もそうでしたが、終わって帰るころになると、みんながSさんのところに来て一緒に写真をとったり今までのことを感謝したりするわけです。ほんとにみんなから信頼され、好かれている様子でした。20歳代の女性職員が何人かいましたが、腕を組んだりして、それはもう羨ましい光景で・・・って、それは関係ないですね、すみません。

文章で書くとあんまり伝わらないのが残念なんですが、Sさんの雰囲気というか、オーラと言うか、そういうもので僕までがくるまれた感じで、感動と共に心地いい時間でした。

で、来週その81歳のおじーちゃんは単身JALに乗って日本に旅立つわけです。

ご無事で、夢を達成されますように、と心から思うわけです。
僕もああいうじーちゃんになりたい、と思うわけです。
42歳くらいでふけてる場合じゃないと思うわけです。



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